2008年3月 3日 (月)

Tears

ドラえもん第6巻の最終話「さようなら、ドラえもん」は泣ける。

小学1年生の頃にこの話を読んで涙し、

ストーリーに感動すると人は泣いてしまうものだということを

体で悟ったのを覚えている。

あれから25年経ったが、この話はいまだに泣ける。

未来へ帰らなければならなくなったドラえもんを安心させるため、

ひとりでジャイアンに立ち向かうのびた。

ボコボコにやられながらも諦めずにジャイアンを根負けさせる。

「かったよ、ぼく」

「みたろ、ドラえもん。かったんだよ、ぼくひとりで」

「もう安心して帰れるだろ、ドラえもん」

とぐちゃぐちゃの顔で言うのびた、号泣しながらのびたを支えるドラえもん。

このシーンはキすぎる。

藤子先生、感動をありがとう。

 

最近は昼休みにラーメン屋で「はじめの一歩」をよく読むのだが、

本作品も相当やばい。

一歩VS武恵一戦は本当に涙がこぼれそうになり、

体に力を入れて堪えていたら、ふくらはぎをつってしまい、

その痛みに気を取られた隙に3粒ほど涙をこぼしてしまった。

不覚だった。

 

【本日のミュージック】Red Hot Chili Peppers : By The Way

 

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2008年3月 2日 (日)

それでもボクはやってない

それでもボクはやってない スタンダード・エディション DVD それでもボクはやってない スタンダード・エディション

販売元:東宝
発売日:2007/08/10

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採点:★★★★☆

観たいなと思ってたところに

ちょうど土曜日にテレビでやってたので録画して観た。

2時間超の映画だったのだが、眠ってしまうことなく面白く観れた。

キャスティングもよかった。

役所広司、小日向文世といった名優はさすがだなと思ったし、

加瀬亮もいい俳優だと思った。

かっこいいのか普通なのかわからないところも含め、興味深い俳優だ。

見た目や雰囲気にマッチョな雰囲気が皆無の男を

僕は勝手に“植物系”と読んでいるのだが、

“植物系”の男を好きな女性は多い。僕の妻もそうだ。

その意味でも加瀬亮は目が離せない存在だ。

あと個人的要注目の大森南朋が出ていたな。

(ちなみに父親は麿 赤兒)

で、内容の方は、痴漢に間違われた青年の裁判ストーリーで、

テーマは日本の裁判制度と冤罪だ。

「痴漢」と「裁判」は僕もよくよく考えるテーマである。

前者について気をつけているのは以前の会社の上司(女性)に、

「痴漢に間違われそうなタイプだよね」と言われたことがあるせいだ。

以来、満員電車に乗った際には、

極力若い女性の側に立たないようにしているし、

自分の手はどう見ても女性の胸や臀部は触れられない位置にあるますよ~という

姿勢を取るように心がけている。

服の上から数分程度触れたからといって前科者になるのは

まかり間違っても真っ平ごめんである。

後者の「裁判」については裁判員制度が開始されるにあたっての

新聞記事などをよく読むし、

世の外道共に対する量刑にも憤りを感じることも多々あるので、

よくよく考えさせられるのだ。

「果たして人が人を裁けるのか」的な意味のない思索も含め。

 

この「それでもボクはやってない」という映画は、

沢山の取材を重ねて制作されていると思うのだが、

裁判経験のない素人には非常に勉強になる作品だった。

「疑わしきは被告の利益に」という言葉はよく聞く言葉だが、

現実の裁判はその前提通りにはきっと動かせないのだと感じた。

やはり、裁くのは“人”だから。

様々な証拠や証言を集めても、しょせん現場にいない人間の

推察で裁きは下されるのである。

法廷では真実を知る被告は主役ではない。

検察・弁護士・裁判官の三者の推察力とプレゼンテーション力で

判決と量刑は決まるのだ。

検察は職業上「疑わしきは被告の有罪に」で動くだろうし、

裁判官だって毎日のように悪者と対峙していれば被告に対する偏見もあるだろうし、

弁護士だって被告の利益のために動いているのかわからない。

本映画では弁護士は被告のために動いていたが、

本当に痴漢をやっていない被告のみが知る真実は確定されないまま、

3ヶ月の実刑判決を食らう。(「控訴します」のセリフで終わるのだが)

多くの場合は十分な証拠が集められた上で判決が確定されるのだろうけど、

この映画のようなケースは結構あるのだろうと思った。

留置所のトイレの扉が天井まで届いておらず、

音や匂いが思い切り漏れる造りになっていることも含め、

いろんな感慨が残った映画だった。

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2008年3月 1日 (土)

1日父子家庭

今日は妻が帰省していたので、娘と二人っきりで過ごした。

昼は八雲の交通公園へ。

少し前に娘の同級生のお母さんから自転車の練習ができる公園だと聞いて、

天気もいいしぜひ行ってみようと娘と意気投合し、行くことにしたのだ。

そこは交通標識や信号機もついてるミニコースで、

3歳~5歳くらいの子どもたちが親と一緒に自転車の練習をしていた。

ウチの娘は、自転車に乗るのは多分初めてなので、

補助輪付きの自転車を借りて練習開始。

右足と左足で交互にペダルを漕ぎ続けることで

自転車が動くという仕組みがなかなか体で理解できないようで、

最初のうちは右足を漕いで少し進んで停止、

左足を漕いで少し進んで停止という調子だったが、

10分もやってるとスムーズに漕げるようになってきて

5mくらいは進めるようになってきた。

「右!左!右!左!ハンドル右~」などと言いながら

明るく楽しい教官を気取りながら指導していたのだが、

教えたことを覚えてくれて進歩が目に見えてくるとやはり嬉しいもので、

子どもがいるって楽しいなあとしみじみ思った。

夜は一緒に風呂に入り、僕が作ったご飯を食べ、

紙をはさみで切ったりして遊んだ。

いつもは「ママと遊ぶ」「ママと寝る」と僕をないがしろにする娘だけど、

妻がいないと僕と遊ぶしかないので、あれこれと遊びに誘ってくる。

おかげで我が家ではまれに見る父と娘の絆をつくることができた。

たまには妻がいない方がいいのかもしれないな。

 

【本日のミュージック】Thee Michelle Gun Elephant : 世界の終わり

ピアノバージョン。綺麗な曲なのだなあと思った。

 

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2008年2月29日 (金)

今年に入って身近な、親しい人が病に臥し始めた。

知っている人が苦しんだり、悲しんだりする。

僕も悲しくなる。

僕は楽しみより、悲しみに目が行ってしまう方だ。

時に、

僕は本当に悲しんでいるのだろうか、

悲しみを感じている心にナルシズムを見出しているだけなのだろうか、

悲しみや苦しみを感じている人に優しくしてあげたいだけなのだろうか・・・

冷静になったつもりで心の中をほじくり返してみても、

自分の本心が解らなくなる。

きっと僕自身が病を患い、自分自身で死を感じてみないと

何も解らないのかもしれない。

一応健康で生きていて、それなりに心に余裕のある生活を送っている自分が

誰かを慮ってみたって、それはひょっとしたら驕りなのかもしれない。

・・・と客観的に自分の人間性を見つめて何の意味があるのだろうか。

苦しんでいる人、悲しんでいる人には、

できるだけ思いやりを注ぐしかないのである。

 

幸せな人にも不幸な人にも、夢がある人にもない人にも、

頭のいい人にも悪い人にも、富める人にも貧しい人にも、

病や死はやってくる。いきなりやってくる。

それは誰もが平等だとは思えないかたちでやってくる。

容赦のない悪魔どもは、そこらじゅううようよしているようだ。

そんな気がした一日だった。

 

【本日のミュージック】Pavement : Summer Babe

 

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2008年2月28日 (木)

フィードバックノイズ

【本日のミュージック】Jesus and Mary Chain : Never Understand

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2008年2月27日 (水)

フォレスターCM

こういうのが今のところのバイラル動画、

というかネットで見る動画で期待されている作り方な気がする。  

 

 

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2008年2月26日 (火)

一安心

母の手術が無事終わった。

良かった。

あとは後遺症的なものが残らないことを祈るのみ。

 

【本日のミュージック】The La's : There She goes

 

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2008年2月25日 (月)

頼むから無事で。

明日、母が手術をする。

無事終わったという報告を早く聞きたい。

 

【本日のミュージック】Queen : Bohemian Rhapsody

 

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2008年2月24日 (日)

巧者

夕方、近所のリカーショップに買い物に行った。

レジに並ぶと、僕の前の客と店員が何やら話しこんでいる。

客の方は、(たぶん)フランス人男性と日本人女性の夫婦。

どうやら買おうとしていたワインの価格が

誤って本来の価格より安く表示されていたらしく、

客の方は「表示されていた通りの価格で買わせてもらう」、

店員の方は「ミスは謝るけど、安く売るわけにはいかない」

といった内容で揉めているようだった。

なんでもいいから早く終われと静観しつつ聞き耳を立てていたのだが、

日本人妻のなかなかな強かさは少し勉強になった。

「ミスはそちらの問題であって、客である自分たちには関係ない。

 表示されている価格で売り買いの契約は成立するはずだから、

 この価格で買わせていただきます」

うむ、正論っぽい。

店員の方も謝罪を交え、なんとか理解を求めようとあれこれ弁解するのだが、

日本人妻はそれをフランス人夫に通訳しながら、

「それでは納得できないと申しております」

と返すばかりである。

この日本人妻は言いたいことを言いつつ、

店側の弁明を受け入れるかどうかの決定権は

自分ではなくフランス人の夫が持っているのだという

立場関係を巧みにつくっているように僕には見えた。

「スポークスマンは私だけど、決定者は夫なの。

説得したいならフランス人の夫が納得するようなことを言ってね」

というように。

恐らく店員は、「説得しなければならないのはフランス人の方か。

でも、自分はフランス語で話せないし、フランス人の価値観もよくわからん。

後ろに客を待たせてるし、もう諦めよう」

と思ったのだろう。

しぶしぶ、この夫婦の主張を受け入れ、不利益な清算をした。

「ありがとうございました」の声には

少なからず悔しさがこもっていた様に聞こえた。

 

この一件は店側のミスであり、この夫婦の言い分に正当性があるのだろう。

僕は違う業種で仕事をしているが、こういったミスによる損失、

あるいは日本人妻のような駆け引きによって得られる利益、

というのはビジネスマンとして常に意識しなければならないのだろうなと

改めて気づかされた一時だった。

 

日本人妻の店員を計っているかのような目線には軽い侮蔑が混じっていて、

反吐が出そうだったけど。

 

 

【本日のミュージック】B'z : Easy Come, Easy Go!

 

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2008年2月23日 (土)

春一番

風が凶暴なまでに強い日

それでも誰を呼ぶのか

カラスの鳴き声が

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